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北国分から矢切へ ガイドマップへ
自然たっぷり満喫するなら、やっぱり大町・大野でショ。
はぁ、ほぉ、と深呼吸。
帰りにナシ街道で、おみやげ買って帰ろっ。
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月刊いちかわのエピック
自然観察園・観賞植物園・バラ園

 北総・公団線大町駅を下りて市川ナシ街道を約5分、角を左に折れて200メートルほど歩くと、右側に谷津田を見下ろすことができる。市内でもっとも深く入り込んだ長田谷津で、園内には約2キロの遊歩道があり、下総台地の豊かな緑と水のある風景を満喫できる。のんびり歩くだけで最高!な自然観察園だ。春は新緑と野草、花ショウブやアヤメの見頃は5月〜6月だ。夏はトンボとホタルで、7月下旬〜8月上旬、公園を夜間開放してホタル観賞会が開かれている。秋は鳴く虫と野草と紅葉、冬はたくさんの野鳥もやってくる。観察園の中ほどに、フィールドアスレチックありのみコースの入り口があるのでひと汗かくのもいい。動物園にでる手前に、約240種の熱帯植物と約170種のサボテンなどが見られる温室の観賞植物園。71種約1800株のバラが植えられたバラ園の見頃は5月〜6月と10月〜11月。水生植物園を通り、雑木林を抜けるとすぐ自然博物館と動物園だ。
〈自然観察園・バラ園/4月〜9月 8:00〜18:00(月曜日は9:00〜)、10月〜3月 9:00〜17:00 無料〉〈観賞植物園/9:30〜16:30 毎週月曜日と年末年始休園、ただし月曜が祝日の場合は翌日無料)〉
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自然博物館・動物園

 自然博物館の展示室には、市川に生息する動植物や市川の地形・地質をわかりやすく紹介してあり、エッ、こんな生き物もいるの!と新しい市川発見が…。動物園はレッサーパンダやオランウータンの他、かわいい動物がいっぱい。フラミンゴ等が放し飼いになっている鳥舎も楽しい。ウサギやヤギと遊べるなかよし広場や、乗馬体験、ミニ鉄道が走っている(1回100円)ふれあい広場もある。(利用時間 9:30〜16:30 毎週月曜日と年末年始休園、ただし月曜が祝日の場合は翌日 大人420円・小中学生100円)
 動物園から5分ほどのところにある少年自然の家は、プラネタリウムがある小・中学生のための宿泊施設だ。市川で満天の星を堪能したくなったらプラネタリウムへ。一般公開は土・日曜日13:30〜(夏休みは日曜日のみ)。市内居住者150円、市外居住者310円。この辺りには竹林が多く、春にはタケノコの直売をしているところもあるから探してみよう。

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駒形大神社

 動植物園バス停から、市営霊園とは反対方向に50メートルほど行くと左手に、青面金剛像が刻まれた庚申塔がある。そこを左に折れて細い道を進むと右手にこんもりとした森が見える。殿台(現大野町4丁目)の鎮守、駒形大神社だ。この神社の御神体は、白馬に跨った平将門の像と伝えられている。毎年1月20日には、にらめっこおびしゃ(市指定民俗文化財)の行事が行われる。東西に別れた氏子たちが一人ずつ向かい合って酒を飲み、先に笑った方が大盃の酒を飲まなくてはいけないという行事。神に供えるしん粉餅を投げあう場面もあり、この餅に当たれば無病息災といわれる。にらめっこをしてその年の豊凶を占い、祭りの年番の頭に奉射日記を手渡すオトウ渡しをする行事は、300年以上続いているという。
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殿台遺跡

 市内では、現在までに先土器時代(1万年〜2万年前)の遺跡が4ヵ所発見されている。その一つ、殿台遺跡は駒形大神社をでて200メートルほどいった左手の台地で、先土器時代の石器や、縄文前期と弥生後期の竪穴式住居が発見された。この辺りの住宅地には1万年以上も昔に、すでに人々の生活があったのだ。
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曽谷山礼林寺

 殿台遺跡を左手にみてバス通りをわたり、細い道を道なりに進むと礼林寺だ。この寺は鎌倉期の領主、千葉貞胤の菩提寺で、千葉貞胤に嫁した曽谷教信の娘芝崎姫が父教信の荼毘所に建てたもの。石段中ほどの右手に、牛頭天王を祀ったお堂があり、下の病に効くと伝えられている。
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曽谷山法蓮寺

 礼林寺をでて南に50メートルほど歩き、木材倉庫の横の細い道を入って約150メートル、竹林に沿って右に曲がると、法蓮寺の裏手に出る。法蓮寺は日蓮に帰依し、日蓮の檀越として献身的な支援者となった、曽谷の領主、曽谷教信が建立。曽谷からこの地に移り住んだ教信は、正応4年(1294)、68歳没。山門を入って右手には鐘楼、その奥にある祖師堂の欄干に彫った木彫の竜が見事だ。
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大野山浄光寺

 法蓮寺山門をでて坂を下り、市川第五中学校体育館の横をぬけると浄光寺だ。本堂に、運慶作と伝えられる木彫寄木造りの仁王像が安置されている。運慶が母の菩提を弔うために仁王像を彫っているとき、最後の一刀というところで母の姿が現われ、手が滑って仁王像の乳を削ぎ落してしまった。そこで像を壊そうとすると再び母の姿が現われ、「安産の守りとせよ」と告げたと伝えられている。運慶は、この像を大野の多聞坊に安置した。これが今の浄光寺にある仁王像だと伝えられている。この仁王像は、乳の少ない婦人の信仰を集め、 “乳なし仁王”(市指定文化財)と呼ばれている。
 この像は、一体は口を開き、一体は口を閉じ、両者で阿吽(あうん)の相をなす一対の像だが、浄光寺に安置されているのは吽像のみで、阿像は香取郡多古町の寺に伝わっていると言われている。
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万葉植物園

 浄光寺の前にある市川警察寮脇の細い道を200メートルほど行き、武蔵野線の陸橋をわたると万葉植物園だ。平成元年にオープンした万葉植物園は、万葉集にゆかりのある約200種の植物を集めた池泉回遊式の和風庭園で万葉の草木に親しむことができる。4月下旬〜5月中旬 フジ、5月下旬〜6月下旬 アジサイ、9月上旬〜10月上旬 ヤマハギ、10月上旬〜11月下旬 ノギクなど。それぞれに関連する歌、作者などの説明書きがあり、管理棟内には万葉集の資料コーナーもある。JR武蔵野線市川大野駅から徒歩5分。
(開園時間 4月〜10月 9:30〜16:30、11月〜3月 9:30〜16:00 月曜日・祝日と年末年始 無料)
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一風変わった庚申塔のある子安神社(土神社)
 
 浄光寺前の主要地方道船橋松戸線を船橋方向に1500メートルほど行くと、のぼり坂の途中に子安神社の入り口がある。神社に続く細い道を入ると、深い自然に囲まれて昼間でも薄暗い。ここには庚申塔としては極めて珍しい形の元禄3年(1690)建立の庚申五層塔がある。神殿の左の雑木林の中を下って右に50メートルほど行くと、植草さん宅の赤いケヤキ造りの立派な長屋門がある。150年の歴史と、構えの大きさに驚かされる。
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姥山貝塚

 柏井小学校前を通ってしばらく行くと姥山貝塚公園だ。ここは縄文時代中期から後期(約5000〜3000年前)に形成された、東西130メートル、南北120メートルの大型の馬蹄形貝塚として全国的に知られている。人骨、住居跡など多くの貴重な資料が発見されており、大正15年(1926)には、スウェーデンの皇太子が見学に訪れ、自らも発掘している。この時、新聞は連日のように発掘の記事を載せ、当時の東京近辺に住むほとんどの考古学研究者をはじめ、一般の見学もあとをたたないという考古ブームが巻き起こされた。
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太鼓の霊場・今島山唱行寺

 主要地方道船橋松戸線を船橋方向に。五基の庚申塔の横の石段が唱行寺の入口だ。建長6年(1254)、念仏修行僧・鐘阿弥の開創。鐘阿弥は後に日蓮に帰依し、名を日唱と改める。日唱は鉦を叩きながら念仏を唱えるかわりに、日蓮の許しを得て、題目唱行に初めて太鼓を用いたので「太鼓の霊場」と呼ばれている。鉦を埋めた「鉦鼓塚」や「日蓮お手植えの一葉松」と伝わる松の切り株、本尊の日蓮聖人坐像(市指定文化財)や日蓮聖人の袈裟などが伝わっている。また、忠臣蔵の梶川与惣兵衛との意外なつながりはあまり知られていない。元禄14年(1701)、江戸城松の廊下で吉良上野介を切りつけようとする浅野内匠頭を後から抱えとどめたのが、梶川与惣兵衛で、その頃、柏井は梶川家の知行地であった。赤穂事件後、与惣兵衛は柏井の名主皆川家に身を潜めていたという。唱行寺には梶川与惣兵衛の祖父母の位牌と供養塚がある。参道の石段は四十七士討ち入り後に四十六段に減らされたと伝えられている。
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桜の霊場・竜経山妙正寺と七経塚

 藤原坂下の駒形神社の角を曲がると妙正寺だ。境内には椎の古木、つつじ、ピンクの花穂の藤の花に、桜の古木もあり、春には桜の花びらが寺を包む。文応元年(1260)創建で、開基は妙正尼。妙正尼は、文応元年に若宮の富木常忍の下で行われた日蓮聖人の百日説法に参じ、日蓮について得度し、妙正尼の法号を受けたと伝えられている。この妙正尼は千足池に古くから棲む池霊で、日蓮から法華経8巻を奪って逃げ、途中7巻を落とし、第8巻を千足池の桜樹に掛けて姿を消したという伝説が残っている。この桜の木の皮は、疱瘡の解熱に霊験あらたかだと伝えられ、妙正寺は「桜の霊場」とも呼ばれている。妙正尼が逃げた道は「妙正寺道」として今に残されている。
 千足池に古くから棲む池霊が逃げる途中に落としたというところに塚を築き、これを七経塚といった。明治38年、東京、千足、小栗原など土地の人の寄進によって塚のあった畑の中に七基の碑が建てられたが、数年前、中山競馬場の駐車場となり、現在、七経塚の碑は北方4丁目の妙正寺に移され、妙正寺駐車場を囲むように建っている。
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日蓮宗初の尼寺・安楽寺

 後深草天皇の皇女常磐井姫が不治の病にかかり、世をはかなんで乳母と共に都を離れ、この地で暮らしていたが、日蓮の説法を聞き日蓮から加持祈祷を受けたところ、日ならずしてこの業病が治り、常磐井姫は日蓮に帰依して尼となり、日国の法号を頂いて柏井に安楽寺を建立。これが日蓮宗初の尼寺で、皇室の紋章である十六弁の菊花紋が使われている。
 安楽寺のある奉免の地名は、常磐井姫がここにたどり着いたさい、里人がこのことを鎌倉に訴え出たので幕府は租税を免じ奉って、姫の御料にあてさせたため起こった地名といわれている。(奉免町・県立市川東高等学校近く)
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