2019年1

詩人の宗左近さんとの出会いは、もう20年も前の事になります。ある講演会で宗さんが東京の高幡不動から市川の町へ引越してこられたとき、好きなまちの条件として良い骨董屋が町にあることをあげられていました。そんな宗さんの言葉をいまでも思い出します。
 「高幡不動にいた時も、十日にいっぺんくらい市川の骨董店へやってきた。当時、真間川の川っぷちにあった手児奈美術店や、宝屋美術店を友人と一緒に訪ねた。そして江戸川を渡るたびに、この川のほとりに住みたいと思っていました。日本独特の歌舞伎や能。音楽、茶道といった文化がある、芸者衆もいる、下駄屋が商売として成立しているようなまち、ということです。歴史を経てきて古い何かが有機体となり、人々の気持ちが通じあっているまち。市川にはそういう雰囲気があってすきでした。
 縄文土器が好きです。
 7〜8年前から自分の部屋にも土器を置いています。間仕切り代わりにガラス棚においた土器、その向こうに江戸川があり、小岩、そのむこうに武蔵野が広がり、富士山がみえる。
    秩父の山塊、男体山も。
 山と川とそれから縄文のなかに自分がすいあげられてゆく。それから、市川には縄文の遺跡があるのもいいですね。特に縄文を中心とした市立博物館もいい」
―縄文がこのまちにはある。宗さんとの思い出が、町を歩くたびに蘇ります。(吉清)

先日首都外郭環状道路を使い、車で市川真間から行徳へ。全く近くなったものだとビックリした。地図を見ればわかるように、市川と行徳を繋いでいるのは数本の橋だけ。そこへ行くにも、昔は曲がりくねった一般道を潜り抜ける必要があったが、外環ならほぼ直進だ。さらに、今度は新行徳橋が架かり、徒歩や自転車での行き来も便利になりそう。住んでいる方に聞くと、いまだに行徳から江戸川を挟んで北はなんとなく違う街だと言う意識は強いという。街としての発展も目覚しい行徳。これからはそういう意識も徐々に変わっていくのであろうか。写真は、行徳ふれあい伝承館に展示されている旧行徳橋。これ以外にも、多数の写真資料・及び神輿、浅子周慶の仏像など貴重な資料が展示してある。行徳を知らないという方がいれば是非ここから。(太郎)